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難波一族記【1】~経遠編~ 第二十八章 追捕の命

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経遠編 第二十八章 追捕の命 ← 前章 第二十七章 鎌倉悪源太 次章 → 第二十九章 経遠の包囲(準備中) 平治二年(一一六〇年)正月。 京の六波羅には、冷たい朝の風が吹き込んでいた。 平治の乱が終わっても、平家の武者たちに休む暇はなかった。 戦場から逃れた源氏の武者は、なお諸国に散っていた。 その中には、鎌倉悪源太・源義平も含まれている。 その朝、平清盛のもとへ一人の使者が駆け込んできた。 「尾張より急ぎの知らせにございます!」 使者は広間に進み、深く頭を下げた。 「源義朝、尾張国野間にて討たれたとのこと!」 居並ぶ武者たちの間に、どよめきが広がった。 清盛はしばらく口を開かなかった。 かつて保元の乱では、同じ帝方に立って戦った男である。 しかし今、その義朝は平家に刃を向け、敗れて命を落としたという。 「……確かな報せか」 「はっ。義朝殿は尾張国野間で、縁を頼って土地の武者の屋敷に身を寄せたとのこと」 「……そこで討たれたのか」 「その武者は長田忠致と申します。助けを求めてきた義朝殿を迎え入れながら、裏切ったと伝わっております」 清盛は静かにうなずいた。 「そうか」 その声音には、勝者の歓喜はなかった。 清盛の傍らに控えていた難波次郎経遠は、使者の報告を聞きながら、別の男の名を思い浮かべていた。 源義平。 義朝の長男にして、平治の乱で平家を苦しめた若き猛将。 父を失ったと知れば、あの男はどう動くであろうか。 清盛もまた、同じことを考えていた。 「次郎」 「はっ」 「悪源太の行方は、いまだ分からぬか」 「北国へ向かったとの噂はございますが、居所まではつかめておりませぬ」 「義平は、父の死を聞いて大人しく身を隠す男ではあるまい」 経遠は顔を上げた。 「私も、そのよ...

難波一族記【1】~経遠編~ 第二十七章 鎌倉悪源太

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経遠編 第二十七章 鎌倉悪源太 ← 前章 第二十六章 平治の乱・決着 次章 → 第二十八章 追捕の命 平治元年(一一五九年)十二月末。 京を離れた源氏の軍勢は、冬の寒さの中を東へ向かっていた。 平治の乱は、平家の勝利によって終わった。 源義朝に従っていた武者たちは、戦場で多くの仲間を失い、今はわずかな人数となっていた。 その中に、一人の若武者がいた。 鎌倉悪源太・源義平。 義朝の長男である。 まだ若くして東国に武名を轟かせた男は、六波羅の戦いでも平家の軍勢を幾度となく押し返した。 しかし、その義平でさえ、戦の流れを変えることはできなかった。 「……くそっ!」 義平は馬上で拳を握りしめた。 思い出すのは、六波羅での激戦である。 平重盛の軍勢。 瀬尾太郎兼康の豪勇。 そして、難波の兄弟。 冷静に軍勢を動かした難波次郎経遠。 自ら太刀を振るい、真正面から挑みかかってきた難波三郎経房。 あの二人がいなければ、重盛の軍勢をさらに追い詰めることができたかもしれぬ。 「……難波三郎」 義平は小さくつぶやいた。 経房との太刀合わせを思い返すと、今でも腕にその衝撃がよみがえる。 「次に出会った時は、必ず決着をつけてやる」 その声を聞いた郎党が、心配そうに振り返った。 「若君。どうか今はお身体をお休めくだされ」 「休んでおる暇などあるか!」 義平は声を荒らげた。 しかし、すぐに口を閉じた。 郎党の顔には疲労の色が濃く、肩口の傷には血のにじんだ布が巻かれている。 思えば、この男も京から休まず馬を進めてきたのである。 「……すまぬ」 義平は低く言った。 「もう少し進めば、休める場所を探そう」 郎党は驚いたように顔を上げた。 そして、深く頭を下げた。 「かたじけのうございます...

難波一族記【1】~経遠編~ 第二十六章 平治の乱・決着

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経遠編 第二十六章 平治の乱・決着 ← 前章 第二十五章 平治の乱・双将と荒武者 次章 → 第二十七章 鎌倉悪源太 平治元年(一一五九年)十二月二十六日。 六波羅をめぐる戦いは、ついに終局を迎えようとしていた。 鎌倉悪源太・源義平が父・義朝の軍勢へ戻った後も、源氏の兵は果敢に攻め続けていた。 しかし、その勢いは明らかに衰え始めていた。 平家の軍勢は次々と押し寄せ、源氏の陣を取り囲もうとしていたのである。 「兄者! 源氏の兵が退き始めたぞ!」 難波三郎経房が馬を寄せてきた。 その甲冑には幾つもの傷が刻まれ、太刀にも激戦の跡が残っていた。 「うむ。されど、油断するな」 難波次郎経遠は、遠くに翻る白旗を見据えていた。 「義平ほどの武者がおる以上、最後まで何が起こるか分からぬ」 経房は不敵に笑った。 「悪源太か。あの男とは、もう一度太刀を交えたかったがな」 「三郎。今は己の勝負より、兵を守ることを考えよ」 「分かっておる、兄者!」 経房は笑いながら答えたが、その目にはまだ戦いの熱が宿っていた。 そこへ、瀬尾太郎兼康が駆けつけた。 「次郎殿! 源氏の一隊が西へ退いておりますぞ!」 「太郎殿、重盛様の軍勢はいかがか」 「こちらは無事に陣を整えております。重盛様も、なお先陣に立たれておりますぞ!」 経遠は静かにうなずいた。 「ならば、我らも兵をまとめよう。追撃に夢中になってはならぬ」 「心得た!」 兼康は大きく笑い、郎党たちのもとへ戻っていった。 その頃、源氏の陣では源義朝が苦しい決断を迫られていた。 「父上! まだ戦えます!」 義平が太刀を握りしめて叫んだ。 その顔には疲労の色が浮かんでいたが、戦意はいささかも衰えていなかった。 義朝は息子を見つめた。 「義平。そなたの武勇は、誰よ...

難波一族記【1】~経遠編~ 第二十五章 平治の乱・双将と荒武者

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経遠編 第二十五章 平治の乱・双将と荒武者 ← 前章 第二十四章 平治の乱・六波羅合戦 次章 → 第二十六章 平治の乱・決着 平治元年(一一五九年)十二月二十六日。 六波羅をめぐる戦いは、なお激しさを増していた。 源氏の白旗と平家の赤旗が入り乱れ、馬のいななきと武者たちの怒号が京の空に響き渡る。 その戦場を、ひときわ勇猛な若武者が駆け抜けていた。 鎌倉悪源太・源義平。 源義朝の長男であり、若くしてその武勇を天下に知らしめた荒武者である。 義平は自ら先陣を切り、平家の軍勢を激しく押し返していた。 「鎌倉悪源太義平、ここにあり! 平家の武者ども、我が太刀を受けてみよ!」 その声を聞き、難波三郎経房は太刀の柄を握り直した。 「……いよいよじゃな」 待賢門で初めて目にした義平の武勇。 あれほどの猛将を前にして、経房の心は激しく高ぶっていた。 しかし、今の経房にはもう一つの務めがあった。 兄・経遠から命じられた、重盛の軍勢を守るという役目である。 「兄者、あの若造は俺に任せよ!」 「三郎、侮るな。あれはただの若造ではない」 「分かっておる! だからこそ、相手をしてみたいのじゃ!」 「三郎!」 背後から経遠の声が響いた。 「敵の後続はこちらで抑える。お前は自らの郎党を率い、義平の勢いを止めよ!」 「承知した、兄者!」 経房は力強く答えた。 傍らでは、瀬尾太郎兼康が別の手勢を率いて動き始めていた。 「三郎殿! 側面はわしに任されよ!」 「かたじけない、太郎殿!」 経房は前方を見据えた。 敵は、あの鎌倉悪源太である。 保元の乱で出会った鎮西八郎為朝とは異なる、凄まじい武勇を持つ男。 しかし、経房はもう一人で勝負を挑む若武者ではなかった。 己に従う郎党がいる。 兄の策があり、兼...

難波一族記【1】~経遠編~ 第二十四章 平治の乱・六波羅合戦

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経遠編 第二十四章 平治の乱・六波羅合戦 ← 前章 第二十三章 平治の乱・待賢門 次章 → 第二十五章 平治の乱・双将と荒武者 平治元年(一一五九年)十二月二十六日。 京の空には、戦の煙が立ち込めていた。 待賢門での激戦を経て、戦いの中心は平家の本拠・六波羅へと移りつつあった。 源義朝の軍勢は、なお勢いを失っていなかった。 待賢門で義平の猛攻を受けた重盛の軍勢は、いったん退いて態勢を立て直していた。 難波次郎経遠は自らの兵をまとめ、弟・経房には負傷した郎党を後方へ下げるよう命じた。 一方、瀬尾太郎兼康も独自の軍勢を整え、再び源氏を迎え撃つ準備を進めていた。 平家は押し返された。 されど、軍勢が崩れ去ったわけではなかった。 義朝の長男、鎌倉悪源太義平。若くしてその武勇を天下に知らしめた猛将は、父とともに平家を追い詰めんと進軍していた。 一方、六波羅では平清盛が諸将を集め、戦況を見極めていた。 「源氏は、なお攻め寄せてくるであろう」 清盛の低い声が響いた。 「されど、ここは我ら平家の本拠。決して破らせてはならぬ」 諸将は深く頭を下げた。 その中に、難波次郎経遠、難波三郎経房、そして瀬尾太郎兼康の姿があった。 「次郎」 清盛が経遠を呼んだ。 「そなたには重盛の軍勢を支えてもらいたい。敵の動きを見極め、兵を乱すことなく戦え」 「はっ。必ずや重盛様をお支えいたします」 経遠は静かに答えた。 清盛は続けて経房を見た。 「三郎。そなたの武勇も頼みにしておるぞ」 「お任せくだされ!」 経房は力強く答えた。 その隣で兼康が豪快に笑った。 「清盛様! この瀬尾太郎兼康、備中より率いて参った郎党たちとともに、源氏に後れを取るつもりはござらぬ!」 「ははは。頼もしいことよ」 清盛の口元にも、わずか...

難波一族記【1】~経遠編~ 第二十三章 平治の乱・待賢門

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経遠編 第二十三章 平治の乱・待賢門 ← 前章 第二十二章 平治の乱・出陣 次章 → 第二十四章 平治の乱・六波羅合戦 平治元年(一一五九年)十二月二十六日。 京の都に、再び戦の鬨の声が響いた。 二条天皇を六波羅に迎えた平家は、ついに源義朝・藤原信頼の軍勢へ攻撃を開始した。 目指すは、大内裏の待賢門。 平家の先陣を率いるのは、清盛の嫡男・平重盛である。 その軍勢を支えるため、難波次郎経遠も郎党を率いて進んでいた。 弟・難波三郎経房は、兄の指揮のもと、自らの郎党を従えている。 そして瀬尾太郎兼康も、独立した手勢を率いてその傍らを進んでいた。 「次郎殿!」 兼康が馬を寄せてきた。 「いよいよ源氏と決着をつける時じゃな!」 「ああ。だが太郎殿、此度の敵は手強いぞ」 経遠は前方を見据えた。 「源義朝は保元の乱でともに戦った武将。その強さは我らもよく知っておる」 兼康はうなずいた。 「かつての味方が、今は敵か」 その声には、いつもの豪快さとは異なる響きがあった。 「何とも因果なものじゃな」 経遠は静かに答えた。 「されど、我らにも守るべきものがある」 兼康は顔を上げた。 「うむ。ならば、存分に働くまでよ!」 その横で経房が太刀の柄を握った。 「兄者。義朝の倅に、鎌倉悪源太と呼ばれる男がおるそうじゃな」 「源義平か」 経遠はうなずいた。 「義朝殿の長男じゃ。若くして東国に武名を高めたと聞く」 「ほう!」 経房の目が輝いた。 「鎮西八郎に続き、また恐ろしき武者が現れたというわけか!」 「三郎。そなたは強敵と聞けば、すぐに目の色が変わるのう」 兼康が笑った。 「太郎殿とて同じであろう!」 経房も笑い返した。 しかし、経遠は二人を見据えた。 「此度は一騎討ちを楽し...

難波一族記【1】~経遠編~ 第二十二章 平治の乱・出陣

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経遠編 第二十二章 平治の乱・出陣 ← 前章 第二十一章 平治の乱・主上脱出 次章 → 第二十三章 平治の乱・待賢門 夜が明ける頃。 六波羅の空気は、前日までとはまるで違っていた。 主上――二条天皇が六波羅へ入った。 その知らせは、瞬く間に平家の武者たちへ広がっていた。 昨日まで、軽々しく兵を動かすことのできなかった者たちの顔に、今ははっきりと戦う意思が浮かんでいる。 経遠は門前に立ち、集まる郎党たちを見渡していた。 弓。太刀。馬。皆が、それぞれの支度を整えている。 「兄者」 経房が歩み寄ってきた。 その姿はすでに完全な戦支度だった。 「ようやくじゃな」 「ああ」 経遠は短く答えた。 「だが、気を逸らすな」 「分かっておる」 経房はそう答えたが、その目には抑えきれぬ戦意が宿っている。 そこへ、聞き慣れた大声が飛んできた。 「次郎殿!」 瀬尾太郎兼康だった。 後ろには、自らの手勢がずらりと並んでいる。 「太郎殿。もう整えたか」 「当たり前じゃ。待ちくたびれたわ」 兼康が笑う。 「兵どもも、今か今かと待っておる」 経房が口元を上げた。 「それは俺も同じじゃ」 「三郎、お主は少し待つことを覚えた方がよいぞ」 「太郎殿にだけは言われたくないわ」 二人が睨み合い、すぐに笑った。 経遠はそんな二人を横目に見ながら、門の向こうへ視線を移した。 やがて、平清盛が姿を現した。 その傍らには、長男・重盛がいる。 武者たちの声が止まった。 清盛は集まった兵を見渡した。 「主上はすでに六波羅にお入りになった。もはや我らが退く理由はない」 低い声にざわめきが広がる。 清盛は続けた。 「信頼、義朝らは都を乱し、主上を押さえて政を奪った」 そして一度、言葉を切る。...