投稿

2019の投稿を表示しています

難波一族記【1】~経遠編~ 第二十章 平治の乱・六波羅の陣

イメージ
  20.平治の乱・六波羅の陣 その夜から。 六波羅の姿は変わった。 次々と武者が集まってくる。 平家一門。 郎党。 各地から戻った武士たち。 平時の屋敷は、瞬く間に巨大な軍営へと変わっていった。 経遠は自らの手勢を集めた。 「東の道に二十。北の門に三十。残りは屋敷周辺へ」 郎党たちが次々と動く。 「敵が来ても勝手に追うな。わしの命を待て」 「はっ!」 経遠の前には、戦場を描いた簡素な地図が広げられていた。 道。 橋。 門。 源氏勢の位置。 どこへ兵を置き、どこを空けるか。 経遠は一つずつ確かめていく。 少し離れた場所では、兼康も自らの軍勢を整えていた。 「盾持ちは前じゃ! 槍はその後ろ! 馬を狭い道へ入れるな!」 声が大きい。 経遠が振り返る。 「太郎殿」 「何じゃ、次郎殿!」 「夜中じゃ。もう少し声を落とせ」 「兵は声が大きい方が元気が出る!」 「敵にも聞こえるわ」 周囲の郎党たちから笑いが漏れた。 兼康も笑う。 「相変わらず細かい男じゃ!」 「太郎殿が大雑把すぎるのじゃ」 二人は同じ侍大将であった。 だが、軍の動かし方はまるで違う。 経遠は戦場全体を見て兵を配置する。 兼康は大きな声と豪胆さで兵をまとめる。 互いに違う。 だからこそ、互いの力を認めていた。 そこへ経房が歩いてきた。 その後ろには、自らの郎党たちがいる。 「兄者」 「何じゃ」 「俺たちはどこへ行けばよい」 経遠は地図から目を上げた。 「まだどこへも行くな」 「またか!」 「三郎」 経遠は弟を睨んだ。 「お前の役目は、兵を並べることではない」 経房が黙る。 「敵の陣が崩れた時――」 経遠は地図の一点を指した。 「そこを破るのがお前じゃ」 経房の口元が上がった。 「なるほど」 兼康が笑った。 「三郎には、それが一番似合う!」 「太郎殿に言われたくはないわ!」 「何じゃと!」 二人が言い合いを始める。 経遠はため息をついた。 だが、その顔にはわずかな笑みがあった。 やがて、清盛が現れた。 三人はすぐに姿勢を正す。 その隣には重盛もいる。 清盛は集まった武者たちを見渡した。 「よいか」 六波羅が静まり返る。 「今はまだ動くな」 誰も声を発しない。 「戦とは、太刀を抜いた時から始まるものではない」 清盛はゆっくりと言った。 「いつ抜くか。それを決めるところから戦は始まっておる」 経遠はその言葉を胸...

難波一族記【1】~経遠編~ 第十九章 平治の乱・清盛帰還

イメージ
  19.平治の乱・清盛帰還 数日後。 六波羅の門前が騒がしくなった。 「清盛様がお戻りじゃ!」 その声が響く。 経遠は屋敷を飛び出した。 経房も続く。 街道の向こうから、武者の一団が近づいてくる。 その中央にいたのは、平清盛である。 旅装のままだった。 熊野参詣から急ぎ戻ったため、その顔には疲れが見えた。 しかし、目には力があった。 その傍らには、嫡男・平重盛の姿もあった。 重盛――清盛の長男であり、次代の平家を担う若き武将である。 さらに、その後方から大きな声が響いた。 「次郎殿!」 経遠が見る。 「太郎殿!」 瀬尾太郎兼康だった。 兼康もまた、自らの手勢を率いて京へ戻ってきたのである。 馬から降りるなり、兼康は経遠の肩を叩いた。 「次郎殿! わしのおらぬ間に、ずいぶん面白いことになったではないか!」 「面白がるな、太郎殿」 「はっはっは! 相変わらず堅いのう!」 経房が横から口を挟む。 「太郎殿、遅かったではないか」 「三郎。お主、わしのいない間に勝手に戦っておらぬであろうな」 「兄者が止めるから戦えなんだわ!」 「それでよい」 経遠と兼康の声が重なった。 経房が顔をしかめる。 「二人して何じゃ!」 そのやり取りを見ていた清盛が、わずかに笑った。 「変わらぬな、そなたらは」 三人はすぐに姿勢を正した。 「清盛様」 清盛は経遠を見た。 「次郎」 「はっ」 「都の様子を申せ」 経遠は即座に答えた。 三条殿への襲撃。 後白河上皇の拘束。 信西の死。 源氏勢の配置。 六波羅周辺の道。 これまで郎党を使って集めた情報を、経遠は一つずつ報告した。 清盛は黙って聞いていた。 やがて口を開く。 「よく調べた」 「恐れ入ります」 兼康が腕を組む。 「清盛様。ならば、すぐにでも討って出ますか」 経房の目も輝いた。 「俺もそう思います!」 「三郎」 経遠が睨む。 清盛は首を振った。 「まだじゃ」 経房が目を丸くした。 「まだ……でございますか」 「今、兵を出せばどうなる」 誰も答えない。 清盛は続けた。 「信頼は上皇を押さえ、朝廷を動かしておる。わしらが先に刃を向ければ、平家が逆賊とされるやもしれぬ」 経遠は静かに頷いた。 兼康が唸る。 「なるほど」 経房だけが納得していない顔をしている。 清盛はそんな経房を見て笑った。 「三郎」 「はっ」 「太刀は研いでおけ」 経房の顔が...