難波一族記【1】~経遠編~ 第十八章 平治の乱・信西の最期
18.平治の乱・信西の最期
翌日。
京には重い空気が漂っていた。
三条殿の炎は消えた。
しかし、戦は終わっていない。
むしろ始まったばかりだった。
「見つかったそうじゃ」
経房が低い声で言った。
経遠は顔を上げた。
「誰が」
「信西殿じゃ」
経房の表情を見れば、続く言葉を聞かずとも分かった。
信西入道は都を脱出した。
だが追手から逃れ切ることはできなかった。
やがて、その死が京へ伝えられた。
保元の乱後。
信西は後白河上皇のもとで政務を担い、多くの改革を進めた。
その一方で急速に力を持ったことで、朝廷の内外に多くの反発を生んでいた。
そして今。
藤原信頼らが挙兵すると、その最初の標的となったのである。
「刀を持って戦ったわけでもないのにな」
経房が呟く。
経遠は答えなかった。
「保元の乱では、敵が目の前におった」
経房は続けた。
「為朝がおり、上皇方の武者がおった。だから敵へ向かって太刀を振ればよかった」
拳を握る。
「だが今度は、誰と戦えばよい」
経遠は窓の外を見た。
京の町を、源氏の武者たちが行き交っている。
「だから動くなと言った」
「兄者」
「今は、太刀を抜く時ではない」
経房は苛立ったように立ち上がった。
「いつまで待つ!」
「清盛様がお戻りになるまでじゃ」
その名が出ると、経房は黙った。
平家の棟梁・清盛は、今も京の外にいる。
熊野参詣から戻る途中で、都の異変を知ったはずだった。
「清盛様は戻れるのか」
経房が尋ねた。
経遠はしばらく答えなかった。
「戻られる」
「なぜ分かる」
「戻られねば、平家は終わる」
そのときだった。
外から馬の音が聞こえた。
「経遠様!」
郎党が飛び込んでくる。
「清盛様から使者にございます!」
経遠が立ち上がった。
「通せ!」
使者は泥まみれだった。
長い道を急いできたことが分かる。
「清盛様より申し上げます」
使者は頭を下げた。
「六波羅を守れ。軽々しく兵を動かすな。必ず戻る――とのことにございます」
経房が兄を見る。
経遠の口元に、わずかな笑みが浮かんだ。
「聞いたな、三郎」
「ああ」
経房も笑った。
「ようやく面白くなってきた」
「まだ戦うとは言っておらぬ」
「兄者は細かいのう」
経遠は使者へ向き直った。
「清盛様にお伝えせよ」
そして静かに言った。
「六波羅は、難波次郎経遠が守っておりますとな」
使者は深く頭を下げた。
清盛が帰る。
その知らせだけで、六波羅の空気が変わり始めた。

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