難波一族記【1】~経遠編~ 第十三章 骨肉の裁き

 


13.骨肉の裁き

戦場で母と息子の別れを見届けた翌日、経遠たちのもとへ新たな知らせが届いた。

敗れた上皇方の武士たちに、厳しい処断が下されるという。

その中には、源義朝の父・為義、そして平清盛の叔父・忠正の名もあった。

「……実の父を、か」

経房が低く呟いた。

保元の乱では、為義は崇徳上皇方に、息子の義朝は後白河天皇方に分かれて戦った。

平氏も同じであった。

忠正は上皇方につき、甥の清盛と敵味方に分かれた。

戦場で刃を交えるだけでは終わらない。

敗者となった父や叔父を、今度は勝者となった子や甥が見送らなければならないのである。

「昨日の母御と同じじゃ……」

経房は拳を握った。

「戦が終わっても、残された者が苦しむ」

いつもの経房なら、敵将の名を聞けば武勇の話をしたであろう。

だが今は違った。

経遠は弟の横顔を見つめた。

白河北殿での戦を境に、三郎の中で何かが変わり始めている。

そこへ兼康が歩み寄ってきた。

「二人とも、聞いたか」

「ああ」

経遠が答えた。

兼康も、この日ばかりは豪快に笑わなかった。

「忠正殿は清盛様の叔父御。為義殿は義朝殿の父君……。勝った者とて、何も失わぬわけではないということか」

三人の間に沈黙が落ちた。

やがて経房が口を開いた。

「兄者」

「何じゃ」

「もし、いつか我らが敵味方に分かれたなら……どうする」

経遠は思わず弟を見た。

「縁起でもないことを申すな」

「されど、為義殿と義朝殿も、初めから敵になるつもりではなかったはずじゃ」

その言葉に、経遠は答えられなかった。

遠く備前には父・経信と長兄・経友がいる。

自分には経家がいる。

経房にも経俊がいる。

戦乱が続けば、いつか難波一族にも同じ選択が迫られるかもしれない。

経遠は静かに弟の肩へ手を置いた。

「ならば覚えておこう」

「何を」

「誰に仕えるかより先に、我らが何を守るために太刀を取ったのかを」

経房は兄を見つめた。

兼康が小さく笑った。

「難しいことを申すのう、経遠」

「そうかもしれぬ」

経遠もわずかに笑った。

「だが、難しいからこそ、忘れてはならぬのであろう」

都のどこかで、処刑を告げる使者の馬が走っていた。

保元の乱は終わった。

しかし、その決着は親子を裂き、一族を裂き、勝者の心にも深い傷を残していた。

そして経遠はまだ知らなかった。

この日、弟と交わした言葉を、やがて自らが思い返すことになる日が訪れることを。

※この物語はフィクションです。

コメント

このブログの人気の投稿

難波一族記【1】~経遠編~ あらすじ/登場人物紹介

難波一族記【1】~経遠編~ 第四章 保元の乱・前夜

難波一族記