難波一族記【1】~経遠編~ 第十六章 平治の乱・京の異変
16.平治の乱・京の異変
保元の乱から三年。
平治元年(一一五九年)。
戦に勝った朝廷も、決して一枚岩ではなかった。
後白河上皇の周囲では、新たな権力争いが生まれていた。
その中心にいた一人が、信西入道である。
信西――俗名を藤原通憲という。後白河上皇の近臣として政務を担い、保元の乱後の朝廷で大きな力を持つようになった人物であった。
そして、その信西と対立を深めていたのが藤原信頼である。
藤原信頼――同じく後白河上皇の近臣であり、源氏の棟梁・源義朝とも結びつきを強めていた公卿であった。
保元の乱で同じ側に立った者たちが、今度は互いに敵となろうとしていた。
十二月。
平清盛は熊野参詣のため、京を離れていた。
六波羅。
平家の京における本拠である。
経遠は屋敷の一室で、郎党から各所の報告を受けていた。
「三条殿の周囲で、不審な武者が増えております」
「数は」
「分かりませぬ。ただ、源氏の武者を見たという者も」
経遠の眉が動いた。
三条殿。
後白河上皇の御所である。
「兄者!」
戸が勢いよく開いた。
経房だった。
「何事じゃ、三郎」
「都がおかしい。源氏の武者が動いておるというぞ」
「聞いておる」
「ならば、兵を出そう!」
経遠は首を振った。
「まだ動くな」
「何?」
経房が眉をひそめる。
「敵が誰なのかも、何を狙っておるのかも分からぬ」
「だが、何か起きてからでは遅い!」
「だからこそじゃ」
経遠は立ち上がった。
「わし一人ならば、太刀を取って様子を見に行けばよい。だが今のわしには、郎党がおる」
経房が黙る。
「一度動かせば、皆の命を預かることになる」
保元の乱の頃とは違う。
経遠はすでに、自分一人の武勇だけで戦う男ではなかった。
「各所へ人を出せ」
経遠が郎党へ命じた。
「三条殿、内裏、六波羅へ通じる道。それぞれの動きを調べよ。ただし戦うな」
「はっ!」
郎党たちが駆け出していく。
経房は腕を組んだ。
「俺は?」
「お前は自分の郎党を集めておけ」
経房の目が光った。
「戦うのか」
「まだじゃ」
「何じゃ」
「備えるのじゃ」
経房は不満そうに口を曲げた。
「兄者は、ずいぶん慎重になったな」
「お前が昔から変わらず無鉄砲だからのう」
「何を!」
そのとき。
遠くで鐘の音が響いた。
続いて、馬の蹄。
一騎の武者が六波羅へ駆け込んできた。
「申し上げます!」
経遠と経房が同時に振り返る。
武者は息を切らしながら叫んだ。
「三条殿に兵が入りました!」
経房の顔から笑みが消えた。
「誰の兵じゃ」
経遠が尋ねる。
武者は一度息を整えた。
「藤原信頼殿――そして源義朝殿の軍勢にございます!」
部屋の空気が凍りついた。
経遠は静かに目を閉じた。
そして再び開く。
「始まったか」
その夜。
京の歴史を変える戦が、再び動き始めた。

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